ロータスエスプリのバルブクラッシュ!(その1)
Report:k氏
●走行中、メーターパネル内の警告灯が全点灯しエンジンが停止した。条件反射でクラッチを切った。しかしエンストの原因がベルトコマ跳びならばすぐにクラッチを切ったとしても、最低バルブ同士はクラッシュしていることになる。
●惰性で停車して、見てみると案の定ベルトは緩み、コマ跳びしている、やってもうた。
コマ跳び
●走行前にクランクプーリーを回してベルトの損傷、テンションを点検し、異常のない事を確認済みだった。走りながら、たまたまそのことを考えていた矢先のできごとだったので的確な対処?が出来たのは幸いだった(しかし、それはアイドル中ではなく3速2,000回転以上、もしかすると2,500回転近く回っていかもしれない時に起こった)。エンブレやセル回しは厳禁、損傷悪化に追い打ちをかけるようなものである。
●ベルトは15年30,000km未交換だったはずである。ロータスメンテナンススケジュールではHCエンジンのベルトは40,000㎞交換推奨となっている。しかし実際は使い方、管理にもよるだろうが、100,000km未交換は特に驚くに値しないらしい。
●純正のゲイツ(*)製ベルトの品質、耐久性は特に悪くはないらしい。大切なのはテンションの管理らしい。特に張り不足の場合はカム山越えのトルク変動を吸収しきれずベルトに余計な振動を与えるし(この点で4気筒4弁は特に辛いかもしれない)加減速等、ベルト駆動力の反転時にバタついたりして、勢い余ればコマ跳びの原因となりうる。
●当然張り過ぎも良くない。うなり、変摩耗、発熱剥離、ジャーナル焼き付き等の原因となる。
●カムベルトドライブのエンジンにホンダVTECエンジンがあるがこのエンジンもベルトトラブルでバルブクラッシュする代表格である。本田の場合、一部の高性能エンジン以外は当初オートテンショナーだったが途中からこっそりと固定式に変更された。ロータス900エンジンと同じ流れだ。何故かホンダもベルトは旧ピッチを採用している。 *)欧米最大級のベルトメーカー。一般的に認識されているタイミングベルト-コグ付ベルトというものはここが初めて開発した。欧米車の多くが純正採用している。欧州のタイヤ等ゴム製品はスペインで製造されることが多いが、ゲイツの場合も多くがスペイン製。しかしエスプリのベルトにはMade in UKと印されている。
●カムキャリアカバーを外しカム山を見るとIN、EX共に同じ方向を向いている。
●事態は深刻なはずである。しかし、この状態で見る限り、カム山がキズだ らけでもなければ、タペットがバラバラになっているわけでもない。
●キャリア内のエンジンオイルを吸い取ってみるとEXバルブクリアランスが異常に拡がっている。バルブクラッシュしてしまったようだ。
●IN側クリアランスは全て0.15-0.23mmの間で収まっていた(規定値は0.13-0.18mm)。IN側は多分無事だろう。
●しかし、最低でもヘッドは降ろさなくてはならなくなってしまった。
●ベルトが見えている部分には、外・内・側面共に損傷は見あたらない。外面こすれたような跡があったが、指で擦ると分からなくなってしまった。ベルト自体は伸びたり、キズがあるわけでもなくコード切れや剥離もなさそうである。
●HC以前のLCエンジンではINプーリーにコマ跳び防止のリテーナーバーが付いていたが、ラウンドプロファイルのベルトに変更されてから省略されてしまった(HCカムホルダにもボルト穴はあるので加工すれば付けることはできると思う)。これはテンショナーの構造にも関係しているのだろうが、このバーがあれば無事だったのだろうか。
プーリー
●Lotus900エンジンで気になる部分のひとつとしてタイミングベルトプーリーのデザインレイアウトのまずさがある。5個あるプーリーのうち、クランクを駆動軸力としていちばん駆動抵抗の大きいINプーリーのベルトの掛かり角が少ない。初期のスクエアベルトはベルト山の高さ、ピッチ、スプリングによるテンショナーなどの不安要素があったためだろうか、本文中にあるコマ跳び防止対策がとられている。
●クランクのタイミングプーリーも少し掛かり角が足りないかもしれない。EXプーリーからクランクタイミングプーリー間も長く一直線であり、アイドラプーリー等もないのでたわみが出やすいのかもしれない。
●ベルト出始め初期の国産エンジンは、特にクランクタイミングプーリーにはベルトが出来るだけ多く巻き付くようデザインされていた。ベルト内面同士が接触しそうなものもあった。
●このようなことを考えてかロータス指定バローゲージでの正規の張り具合というのは数値的に見ても、冷間であるにもかかわらず高い。
●このレイアウトのためにウォーターポンプはIN,OUT共にベルト周内にホースを接続することになってしまった。まあ、これは大した問題ではないだろうが。
●しかし、これらに起因するトラブルが特に多いというのは聞かない。
●この部位に限らず余裕が足りないと思う部分は他にもいくらでもある。気にしだせばきりがない。「(関連部分がトラブルなく正常に機能していれば)必要にして十分である、何か問題あるか」といわんばかりで、自信なのか誇りなのか、精度や品質管理が追いついていないくせに構造が孤高で特異である。究極にギリギリまで詰めてあるようで実は余裕がないだけだったりするが、自動車に限らず欧州にはこんなのが多くて、バラせばバラすほどアラやゴマカシが見えてきて感覚や文化の違いを感じたくなくても知ることができる。
●たぶん、いや、きっと何も考えていない。世界中にそんなこと気にするやつがいるとは思いもしていない。それでもヤツらの造った車は走る。中には素晴らしく走るものもある。飛行機だってちゃんと飛んでいる。この程度のことでで驚いたり、不安になってはいけない。やはりヤツらの方が一枚上手である。
●EXマニホールド&ターボチャージャーを取り外した時点でポートから覗くと EXバルブステムが曲がっているのが確認できた。
●インマニにつながっている各センサー類のカプラーや配線、燃料配管、チ ャージクーラー/ヒーター/WPホース、バキューム配管、スロットルワイヤー 等の接続を分離。
●コレクタータンクは外すが、バックプレートはつけたままにしておく。こ の状態でインマニは簡単にはずせそうである。
●が、このインマニ、やはり固着していて簡単には外れてくれなかった。まあよくあることだが、エンジンチルダーで引き上げようとしたがダメ、やりすぎると割れるかもしれない、無理はできない。
●ガスケットは厚い紙製のはずだ。取りあえずカッターナイフで切り込みを入れ、浸透性オイルを乾かないように1日何回もたっぷりと吹いておいた。効果はあった、2日後には外れた。
固着
●キャブ仕様も含めて4シリンダエスプリのインマニはウオーターマニホールドと一体化している。冷却水はヘッド各ポート間に空けられたアウトレットホール3箇所を抜けマニホールドで合流しW/Pサーモスタットハウジングへ戻る。インマニガスケットにはインテークポート4個、ウォーターギャラリー3個の穴が空いている。
●例えば、紙のガスケットを使ったキャブレターはガソリンの攻撃力、浸透力の強さで紙の中を伝わっていずれ必ずガソリンが滲んでくる。(エスプリの純正デロルトはゴム&樹脂ガスケットなので面出しさえ出来ていればまず滲んでくることはなかった。)
●エスプリのインマニガスケットは1枚物、紙でできている。当然ガスケットは締め付けられ圧縮状態だが紙自体の中を冷却水がスタッドまで伝わってボルトが錆びるのだろうか?その他の要因としてはアルミとスチールボルトの電食も考えられる。
●サーモスタットハウジングも同じような条件であり、古くなるとたいていボルトは錆びている
●カムホルダー2つをを取り外す。タペット、シムを落とさないようにマニュアルどおりにカムキャリア内にマグネットをセットしてから取り外した。
●同時に全てのベルトを取り外したが、このときコマ跳びの原因が判明した。
●カムホルダー内と同様にヘッド上部内はスラッジ蓄積等少なく綺麗である。
●外したカムホルダー、リフター、カムシャフトはまだ細部までチェックしていないが多分無事だろう。
●この状態でナット10個外せばシリンダヘッドを降ろすことができる。
●ピストンヘッドEX側リセスにはバルブ接触跡がある。ステムが曲がっているので当然である。
●IN側も数カ所、接触したかもしれないような痕跡がある。しかしバルブが曲がっていないところをみると、厚く蓄積したカーボンにタッチしただけかもしれない。
●4気筒全滅の場合、ピストン、ライナー部品代のみで軽く100万円オーバーである。
ピストン、ライナー部品代
●社外品ならヨーロッパ用ボアアップピストンで知られている英オメガからフォージドピストン、キャストスチールライナーセットとして発売されている。
●ヨーロッパ(ロータスツインカム)用のオメガピストンは日本国内でもそれなりに使用実績があるみたいだが、エスプリ用の使用実績は聞いたことがない。
●価格は純正のMAHLE製より激的に安価(自動車部品の価格は時価であるが)である。安いに越したことはないとはいえ、使うのを躊躇してしまうほどの価格差ではある。
●走行距離から考えるとピストントップのカーボンが少し多いか。画像では分かりにくいが、これはガソリンが燃焼してできたカーボンと いうよりも、どうやらオイルが焼け固まった感じである。だとすれば、これはバルブ周りの構造に起因するものかもしれない。
バルブ周りの構造
●エスプリ900エンジンのバルブステム-ガイドには、通常の国産エンジンでは必ずと言っていいほど付いているバルブステムシールがIN,EX共に無い。(ロータスツインカムにも付いていない、その他、IN側はシール付きだがEX側は無しといった仕様のエンジンも古い欧州車には多い)
●このステムシールレスという構造故、エンジン停止中、オイルがガイド内ステムを伝わり燃焼室内に落ちるのかもしれない。
●殆どのエスプリが長期間駐車後にエンジンを始動すると、少し暖まって燃焼室温度が上がるにつれ水蒸気と共に白煙も噴いているようである。水温計が動き出す頃には溜まったオイルは燃え尽きて白煙は出なくなっている。しかし、ピストン上の焦げたオイル燃えカスはカーボンスラッジとして蓄積されていくのではないか。
●エンジン運転中、EXポート内は常に圧力(排気圧)がかかっているので、ステムシールがなくても燃焼室へのオイル流入はないはずである。
●IN側は、加給時以外は当然負圧である。シールなし故ステムクリアランスは狭いとはいえ、渋滞アイドリング、長時間のエンジンブレーキ等ではオイル下がりが少なからず起こっているはずである。
●そう言えば、カウンタック、ディアブロはスロットルをワイドオープンした瞬間は(多量にではないが)白煙を噴いていた。
●特にEXスキャッシュ周辺にオイルカーボン固着が多いが、中心部はさほどでもない。ヘッド下面の燃焼室側も同様であり、スキャッシュエリアがカーボン溜めエリアになっている。
●ヘッドは降ろした。なのでバルブクラッシュすることはないので、ここでやっとクランクを回してみる。感触的には特におかしな感じはな い。普通に回る。
●クランク回してピストンストロークさせていると、何と、ライナーが上へ抜けてきた!
●以前、古いランボルギーニの降ろされたブロックを見たことがある。スタッドに大きいワッシャ入れてナットを締め、ライナーを押さえていたが、、まさかクランク回すだけで抜けてくるものだとは思ってもみなかった。こういうことだったのか。
ライナーが上へ抜けてきた
●ウエットライナーなのでブロックとは締まり嵌め(圧入)ではなく、中間~隙間ばめの感じである。配管用嫌気性接着剤(ミッション等の組み立てに使われるヤツ)でウォータージャケット-クランクケース間の水-オイルのシーリングをしている。
●ライナーを圧入もしくは鋳ぐるみにすれば強度やブロック剛性が高まるだろうが、圧入や鋳ぐるみは組み込みにより寸法が変わるために、デッキフライス、ボアボーリング、ニカシルコート、ホーニングが後加工になる。
●当時シリンダーブロックに関してはヨーロッパは米・日本より8年以上は進んでいたと思う。72年にLotus906エンジンは世界初の4バルブ量産エンジンとしてブロックもアルミ化してヒーレーに搭載されたが、当時の米・日本の量産エンジンブロックはロータリーを除きその殆どが鋳鉄一体構造(クローズドデッキ、ディープスカート)だったと記憶している。重いアルミエンジンのイメージがあるホンダでもブロックの全アルミ化は80年代後半からだったような気がする。
●エリーゼのローバー18Kエンジンもウエットライナー別体であり、がたつき、剛性不足によるヘッドガスケット吹き抜けがマニアの間では有名である。
●ピストン、ライナーを取り出すためオイルパンを外す。例によってベルハウジングとの接続ボルト2箇所にシムワッシャが貼り付いている。
●内部はここも綺麗である。メインベアリングキャッププレートの左右エアボリュームにもオイル流入は全く無い。
●オイルストレーナーのシャーリング部分にもゴミ、汚れは詰まりはなく、分解や清掃の必要はなさそうである。
●コネクティングロッド大端部とクランク小端部を分離してシリンダライナー、ピストン/コンロッドASSYを取り出した。