LANCIA DELTA S4

Lancia 唯一の無冠のマシン、Delta S4!

私の中ではWRC狂気の時代の究極グループBマシンとも言えるデルタS4!

ロードバージョンに関してはその扱いは如何なものなのだろう・・・

想像もつかないが叶うのであればこのマシンのステアリングを握ってみたいものだ。

ラリー界の王様と言えばランチャ!

ストラトスから037ラリーへ、ランチャ最後の2WDチャンピョンカーの037ラリーからバトンを受け継いだマシンがデルタS4だ。

1985年ごろのマシンの進化スピードは早かった。ランチャにもラリー界で勝利を収めるために新しい強力な “武器” が必要だった。ランチャは1983年に4WDの開発に着手し1984年にデルタS4のプレス発表がなされた。

前輪30に対し後輪70という基本的な駆動力配分に加え後軸荷動を取ったエンジンレイアウト!走り出してしまえば1500rpmから4速でも強烈な加速をする2段過給エンジン!


(下はアバルト製スーパーチャージャーの恩恵を受け、上はKKK製ターボで爆発的な加速をする)

ある雑誌にS4ストラダーレの操縦性は“一筋縄ではいかない”と記載されていたことを思い出す。

ミドに縦置きされた4気筒DOHC16バルブユニット、1759ccと言う排気量から250PS,コンペティションモデルでは480PSものパワーを発揮する。

1985年から開幕戦から参戦する予定が開発が遅れ最終戦で姿を現すことに。当時のドライバーH.トイボネンが操るデルタはデビュー.ウィンを果たす。

翌年1986年の開幕戦モンテカルロも優勝で飾り、誰もが今年はランチャの物だと考えていた。しかしラリー界を一変させる出来事が起こる・・・・・・・・ツールドコルスで起きてしまったアクシデントだ!早すぎるほどのタイムをたたき出したH.トイボネンのデルタS4がコースアウト!彼はコ・ドライバーのS.クレストとともに死亡してしまったのだ!先に開催されるポルトガルでのギャラリーに車両が飛び込む事故とで “速すぎるラリーカーを規制する” 動きが起こった。

H.トイボネンとデルタS4の走り、そして事故・・・https://www.youtube.com/watch?v=fQWzsNR3m8E

FISAはWRCを1987年からGr.A車両で開催すると発表した。この年のランチャはエースドライバーを失いプジョーの激しい反撃もあり12戦目のRACでタイトルをプジョーに奪われる。

ドライバーズタイトルもランチャのM.アレンとプジョーのJ.カンクネンのバトルに・・・結果15ポイント差でJ.カンクネンのものとなる。

レギュレーションへの対応が早いランチャはGr.A規定にあうマシン開発に着手!

1年間に5000台以上の生産をする条件、ベースとなるコンパクトなマシンとしてデルタが選ばれランチャデルタHF4WDへとバトンが渡された。

無冠の帝王の異名を持つデルタS4!

戦歴
1985年も含め、デルタS4の通算成績は13戦中6勝1980年代のWRCを語るうえで外すことのできないマシン!グループB最後のラリーカーに触れる事ができ、仲間ととても有意義な時間が過ごせた。

ランチャ関連ページはこちらから

WRCでデルタS4と同じ時代を戦った名車フォードRS200

オーナーのHさん、ありがとうございました。